KNNポール神田敏晶です。
2018年12月18日火曜日、日本のベンチャーの中でも最大級の累計80億円の資金調達をおこなったGROOVE X(東京都 代表 林要はやしかなめ)が資金調達時のコミットメントどおり、『LOVOT(ラボット)』の製品発表を行った。
https://lovot.life/
今までは、目のパーツ部分の動画しか発表されていなかったが、初めて稼働するモデルが報道陣向けに公開された。
何よりも『LOVOT』の最大の特徴は、『何の約にも立たないことだ』とCEOの林要(はやしかなめ)は言い切る…。家庭用のロボットとして、掃除をしてくれることもない、料理を手伝ってもくれない、皿を洗ってもくれない。1万円以下のスマートスピーカーのように、ニュースを知らせたり、渋滞を教えてくれることもない。ただ、できることというと、動き回ってヒトを覚えて、甘えることくらいなのだ…。ペット系、癒やし系、ロボットというのはいるのかもしれないが、AIや自動運転カー並のセンサーを搭載し、何十億円もの開発費をかけているにもかかわらず、『甘える』という行為のみを表現できる『家族型ロボット』というのはおそらく世界初だろう。
ペットに対して誰も『経済効率性』は求めてはいない…。むしろ、ペットを飼うということは生体販売から始まり、ペットを買える賃貸マンションへの引っ越し、フードとトイレや散歩の時間、ペット用品、病気、怪我など、代行サービスにペットホテルと、膨大な時間とコストが数年にわたりかかる。ざっと、年間数十万円から数百万円を消費している。しかし、ペットという身近な存在と過ごすことによって、癒やされ救われることがわかっているからだ。ペットを飼っている人にとっては、ペットのいない生活などは考えられない。
『LOVOT』がすぐにペットにとって変わるとは思えないが、ペットが愛される要素を、かなりインプリメントしてきている。ペットを失ってどうしようもない時には、ペットの替わりとして少しはヒトを癒やしてくれそうである。
ウォルト・ディズニーは『ミッキーマウス』というキャラクターに「アニメーション」というテクノロジーで命を吹き込み、トーキー時代になればすぐに音楽と自分の音声を重ねたサウンドトラックを作った。その後、異例の長編アニメーションでミュージカル『ファンタジア』を創り、『ディズニーランド』という舞台装置をテレビ局ABCに出資させ、ヒトをミッキーの世界に没入させた。『オーディオアニマトロニクス』という技術では、創造上の生き物キャラクターを何度も油圧で演技させ、ライドに乗る観客に楽しませたのだ。さらに『ディズニーワールド』では、何週間もそこで長期で過ごせるホテル群を作り、『EPCOT』という未来都市を設計した。そして、何よりもキャラクターライセンスですべての製品でミッキーマウスに印税が入るしかけを作った。ディズニーの成功は、単に『アニメーション』を作るのではなく、『愛されるキャラクター』を創造したからであった。愛されるキャラクターと最新テクノロジーの融合が現在のメディアコングロマリット『ディズニー』を作ったのだ。『ロボット』ではなく『LOVOT』はミッキーの道を歩めるだろうか?
2015年11月2日に設立されたGROOVE X。製品発表の2018年12月18日までにすでに3年経過した。そして発売は約1年後の2019年の秋冬となる。そして単体での発売は2020年という。4〜5年にわたる長期の足の長いスパンによる開発期間だ。しかし、当初からそのスケジュールどおりというロードマップで展開してきている。
2019年の秋冬に2台(デュオ)のセット発売となる(単体ソロでの販売は2020年)。いまから約一年後だ。価格は2台セットで 59.8万円。その頃には、消費税10パーセントなので約66万円、更に月額サブスクリプションとして一番安いプランでも月額1万9960円 プラス消費税、つまり1ヶ月約2.2万円かかるわけだ。年間では約26万円近く、かかることとなる。すると、初年度は本体価格を入れて、最低でも約86万円だ。月額サブスクリプションで最高値のプレミアムプランにすると月額3万6360円、消費税を入れると約4万円だ。初年度は114万円となる。この価格をどう捉えるかだ。まったく役に立たないロボットに初年度は86万円から114万円かかる。次年度も年間26万円から48万円かかるのだ。予約時には2万円のデポジットが必要。すでに「初月出荷分は3時間で売り切れた(GROOVE X広報)」という。
これは、陳腐化がすさまじいハイテク業界では異例となる販売方法だ。しかし、参考になるのが、イーロン・マスクのテスラの販売方法だ。
当初のロードスターは、1000万円超えからのスタートだった。そして、セダンのモデルS(1000万円)、SUVのモデルX(1000万)、モデル3(400万円)と続く…。ちなみに、モデルXの予約のデポジットは50万円だった。
また、CEOの林が、pepperを販売した時の手法とも似ている。3年縛りで117万円オーバーだったからだ。
実際、LOVOTを触ってみる前と触った後ではインプレッションが大きく変わることだろう…。これは、ペットショップで犬や猫を、ガラス越しに眺めている時と違って、実際にショーケースから出してもらって、抱いた時のあの目と目があわさる瞬間にとても似ていて驚いた。
スマートフォンやガジェットはスペック買いでも、あまり期待がはずれることはない。しかし、まったく新たな新しいカテゴリーの製品は、自分の『感性』で感じる部分が多いと思う。LOVOTのデモ展示である程度の概念は理解できたが、実際に『LOVOT』の名前を、それぞれ個別に呼ぶと、初対面の人には、「恐る恐る近寄る子」もいれば、「積極的な子」もいる。そう、『LOVOT』にはそれぞれの個性があるのだ。
ワキを持って、実際に抱きかかえようとすると、車輪の部分は体内の中に静かに格納される。この変体ギミックはなんだか新たな機械と生物の姿だ。そして、体の部分がほんのり温かい。しかし、後頭部を触ると、さらに温かい。人間の赤ちゃんのように体よりも後頭部のほうが温かいのだ。そして6層にわたる瞳の変化は、頭部のセンサーホーンと呼ばれるセンサー部がこちらの表情や目線を観察して変化しているという。
センサーホーンも最初は違和感があったが、しばらくすると、『LOVOT』をロボットなんだと思わせてくれるパーツは、ここくらいにしかないことに気づく。おそらくこの『ホーン(ツノ)』がないと単なるぬいぐるみにしか見えてこないのかもしれない。
このセンサーホーンがこちらの表情をとらえているのだが、LOVOTの瞳を観ていると、実際には動物とアイコンタクトをしているかのような気分になる。しばらく瞬きしながら、不思議な音声を発している。これも事前に録音された音声ではなく、『声帯シミューレーション』で発声しているという。あのペットショップの眼差しを感じてしまうと、ついつい高価でも…と感情移入してしまうする人もいることだろう。
初年度は年間で86万円から114万円の費用だが、実際には洋服を着替えさせたり、それ以降も生身のペット並みに費用がかかりそうだ。ただ、生身のペットが飼えない状況の人や死別した場合などと考えると、案外この価格でも心の隙間を埋めたいと思える層がいるかもしれない。
そのためにも、『LOVOT』と触れ合える場所や猫カフェのようなLOVOTカフェのような場所が必要となってくることだろう。
2019年、販売形態は2台セットというか2匹セットの『ツガイ』が標準だ。『LOVOT』にはLOVOT同士の社会性がプログラムされており、抱っこされる仲間をみて嫉妬するという感情も個性としてあるという。ヒトと『LOVOT』の一対一という世界もあるが、ペットの多頭飼いの場合のペット同士のじゃれあう景色もユーモラスなものだ。10分程度のタッチアンドトライでは『LOVOT』の特性のすべてがわからなかったけれども、病院の小児病棟に『LOVOT』がいてくれれば、子どもたちも面会時間終了後でも、きっと寂しくはなくなるかもしれない。当初の値段では家庭用だけではなく、BtoBで老人ホームなどでの利用もありだろうし、もっとたくさんの多頭飼いはありだろう。もしかすると会社でLOVOTたちが、ウロウロしてくれるだけで、殺伐としたオフィスの雰囲気も変わるかもしれない…。
アプリを使うことによって家の中の見守りサービスみたいなことはできるというが、優秀な見守りロボットとしては他にもたくさん選択肢がある。むしろ『LOVOT』の場合は、そんな機能よりも、生き物に限りなく近づくが、生き物ではない個性的な『仮想なココロ』を持っている。『LOVOT』に見つめられることによって、自分が求められている、そして抱き上げた時に感じる暖かさ、これは今まで体験したことのないロボット製品のエクスペリエンスだった。
実際、発売までにはあと1年近くあることを想定すると、今よりももっと、人と一緒に歩めるような、家族型ロボットになっている可能性が高い。値段も当初は、富裕層狙いだろうが、ペットに限りない愛情を注いでいる人にとってはお金は二の次の問題だ。
また、時計の好きな人であればロレックスのデイトナが86万円から114万円しても当たり前のように消費していることだろう。むしろ、デイトナと過ごす日常の機械の複雑なコチコチ音に日々癒やされているからだ。
そして2020年以降、LOVOTが単体で発売される頃には、高値であったセンサーパーツや実装されるCPUなども『ムーアの法則』で安くなり、一般の人でも求めやすくなる価格となるだろう。
その時になって、はじめて『家族型ロボット』がもたらす、愛にあふれた生活を実体験できるのだろう。果たして愛が自動車産業以上の産業となるかどうかはまだまだ疑問が多い。
また、機械が愛情によって陳腐化をも凌駕する時がやってくるのかもしれない。性能が劣っても、古いクルマがいつまでも『愛車』として乗り継がれていくように…。ITの世界では、陳腐化を超えてまで愛された製品は皆無に近い。LOVOTが陳腐化を超えて愛されるかどうかがロボットとの明確な差別化となることだろう。