カリフォルニア州オークランド市の実験によると、ベーシックインカムは精神面にも良い影響を与えるという(Unsplashより)
2021年は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大にともなう、不景気や失業率の悪化などを受け、2020年に引き続き世界各国でベーシックインカムにさらなる注目が集まった1年だった。
新型コロナウイルス感染症が感染拡大する以前から、ベーシックインカムはAI(人工知能)の進歩に加え、少子高齢化や格差拡大などの社会的背景もあり、すでに世界各国で熱いまなざしが向けられていた。とくに、AIに関しては「AIは仕事を奪う」といった議論がなされていることが大きい。
この記事では、「来年こそ実現するか!?」といった期待を込めながらも、2021年におけるベーシックインカムに関する出来事を順に振り返りたい。
関連記事:月15万円もらえる実験も!? 2020年のベーシックインカムを振り返る3月には、アメリカのカリフォルニア州ストックトン市において、「ベーシックインカムを導入したら、働かない人が増えるだけだ!」「支給額はタバコや酒に使われるだけだ!」といった憶測を覆す結果が明らかになった。
ストックトンでは2019年2月から、毎月500ドル(約5万4000円)のベーシックインカム実験を開始した。支給対象はストックトン市に在住する18歳以上で、世帯収入が中央値である4万6033ドル(約500万円)以下という条件から、無作為に抽出した125人。受給者の平均年齢は45歳、うち女性は69%におよぶ。
今回、テネシー大学のステイシア・ウェスト博士、ペンシルベニア大学のエイミー・カストロ・ベイカー博士らは「Preliminary Analysis: SEED’s First Year(事前分析:SEED1年目)」と題する調査レポートを発表した。アメリカにおいて新型コロナウイルス感染症がはびこる以前、2019年2月〜2020年2月までの同ベーシックインカムの予備調査結果をまとめたものだ。
まず当然と言えば当然だが、ベーシックインカムを導入したことで、得られたメリットの1つは月収の変動を軽減できたことである。支給を受けていないグループは67.5%も世帯月収が変動したが、支給を受けたグループは変動を46.4%に抑えられたという。
受給者はフルタイムの仕事に就くこともできた。支給を受けたグループは2019年2月にはフルタイム雇用は28%で、1年後の2020年2月には40%と、12%も増加した。一方で、支給を受けていないグループは2019年2月にはフルタイム雇用は32%、2020年2月には37%と、5%しか変化しなかった。
支払いは毎月15日、もしくは毎月15日前後にプリペイド式デビットカードで実施し、総支出データを収集した。その結果、毎月の支出は「食品」が最多で、ウォルマートなどの大型店での食品購入と考えられる「販売・商品」がそれに続く形だ。あわせて約6割におよぶ。そのほか、支給金は公共料金や日用品、交通機関、保険、医療などに使われた。タバコや酒類は1%未満だった。
ベーシックインカムは精神面にも良い影響を与えた。支給を受けたグループは健康的で、うつ病や不安が減少し、ウェルビーイング(幸福)が向上したという。実際に支給を受けた20代後半のパムと30代前半のジムという夫婦は、以前は経済的な状況や育児のストレスにより、2人ともパニック発作を起こすこともあったものの、現在では不安感が大幅に減り、夫婦喧嘩が少なくなったと語る。
本レポートではまとめとして、ベーシックインカムは経済的安定性、精神的・身体的健康の改善との間に因果関係があると結論づけている。一方で、500ドルは家賃、育児、医療などには有効だったものの、生活必需品の法外な費用をカバーするには十分ではなかったと付け加えた。
関連記事:月5万4000円のベーシックインカム実験「働かない人が増える」「タバコや酒に使われる」は誤り、米カリフォルニア州同じ3月には、アメリカのカリフォルニア州オークランド市が有色人種の低所得世帯を対象に毎月500ドル(約5万4000円)を支給する「ベーシックインカム(最低所得保障)」の実験を開始すると発表した。ベーシックインカムは2021年夏までに開始し、支給は1年半継続する予定という。
今回、オークランドが発表したベーシックインカムの実験は「オークランド・レジリエント・ファミリーズ・プログラム(The Oakland Resilient Families program)」と名付けられる。財源は全米の慈善団体「ブルー・メリディアン・パートナーズ(Blue Meridian Partners)」など、民間の寄付者から集めた675万ドル(約7億4000万円)でまかなう。
同プログラムに参加するには所得が地域の中央値の50%以下(3人家族で年間約5万9000ドル/約647万円)で、18歳未満の子どもが1人以上いることが条件という。半分は連邦政府の貧困レベルの138%(3人家族で年間約3万ドル/約329万円)以下の所得の人に割り当てるとのこと。なお、支給した金額の使い道は一切規定しないとしている。
なぜ同プログラムの支給対象は所得だけではなく、人種も規定しているのか疑問に思った人もいるかもしれない。同プログラムは人種による貧富の差を減らすことを目的にしたものだからだ。
オークランドのリビー・シャーフ市長は、米Yahoo!ファイナンスの取材に対し、「この国では人種間の貧富の差が10倍であることがよく知られています。オークランドでは、白人家庭と黒人家庭の所得の中央値は3倍の差を記録しています」と現状を明かす。同プログラムは人種をベーシックインカム支給の資格にした初の試みという。
オークランドと言えば、「ジェントリフィケーション(地域の高級化、都市の富裕化)」の影響も見逃せない。たとえば、同じカリフォルニア州のサンフランシスコ市では家賃上昇の影響で、芸術コミュニティを7割失ったとされる。
AFPBB Newsの報道によると、オークランドのリビー・シャーフ市長は「ベーシックインカムを導入したら、働かない人が増えるだけだ!」「支給額はタバコや酒に使われるだけだ!」といった批判に対しては、同じカリフォルニア州のストックトンで2019年2月から実施された、毎月500ドルのベーシックインカム実験の結果を挙げ、反論しているという。
関連記事:月5万4000円のベーシックインカム実験開始 10倍にもおよぶ人種間の格差解消目指す、米カリフォルニア州5月中旬には、アメリカのカリフォルニア州サンフランシスコ市が130人のアーティスト(芸術家)を対象に「ベーシックインカム(最低所得保障)」のパイロットプログラムにおいて、ついに月1000ドル(約10万5000円)の支給を開始したと見られる。
今回、支払いを開始したベーシックインカムは、サンフランシスコ市のロンドン・ブリード市長が2020年に発表したもの。過去のArtforum Internationalの報道によると、2021年4月15日まで応募を受け付け、2021年4月20日までに受賞者に通知していたと考えられる。
今回のベーシックインカムはアーティストを対象としており、支給されたお金は食費や家賃、画材など、個人が望むものに使用できる。同プログラムはアーティストといった特定のグループを対象にしており、全国民に無条件で一律の現金を給付する「ユニバーサル・ベーシックインカム」とは異なるとして、批評家たちに批判されているとされた。
一方で、近年、サンフランシスコ市内の家賃は上昇し続けている。日本で2020年10月9日に封切られたアメリカ映画『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』も、サンフランシスコにおける「ジェントリフィケーション(地域の高級化、都市の富裕化)」を題材にした作品だ。
サンフランシスコはこのような家賃上昇の影響で、芸術コミュニティを7割失ったとされる。今回発表されたベーシックインカムのパイロットプログラムは、同市におけるアーティストの維持に役立つのではないか、といった肯定的な声もあるとしていた。
関連記事:月10万5000円のベーシックインカムついに支給開始、サンフランシスコがアーティスト対象に8月中旬には、米テスラの共同創業者兼CEO(最高経営責任者)であるイーロン・マスク氏が「Tesla AI Day」のなかで、人間型ロボット「Tesla Bot」を開発すると表明し、「ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)」の必要性に言及した。
イーロン・マスク氏が開発すると話したロボットは身長が約173cm(5フィート8インチ)、体重は約57kg(125ポンド)。8台のカメラやフルサイズの駆動コンピューターを備えており、自動操縦システムを採用している。ボルトを手に持ってレンチで車に取り付けたり、店に行って食料品を入手したりできるという。
イーロン・マスク氏は将来的にはロボットが完成すると、肉体労働から解放されたい人は解放される可能性にも言及。経済の基盤にあるのは労働であるため、「長期的にはユニバーサル・ベーシックインカムが必要だと思います」と訴えると、会場からは拍手が巻き起こった。
関連記事:イーロン・マスク氏「長期的にはベーシックインカムが必要」人間型ロボット開発に意欲9月中旬には、スイスで新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け、「ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)」の導入に向けた動きが再び始まったと報じられた。発起委員会はスイスに住むすべての人々に月々約2500スイスフラン(約30万5000円)の支給を目指している。
スイスでは2016年、ベーシックインカム導入の是非を問う国民投票を実施し、有権者の76.9%が反対に投じて否決された。今回、発起委員会は既存の税収や社会福祉制度に加え、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Appleの頭文字/※Facebookは米国時間10月28日にMetaに変更)などの多国籍企業も貢献すべきだとしており、資金調達の方法をより明確にした。
スイスは直接民主制を採用しており、ベーシックインカムのみならず、新型コロナウイルス感染症の感染拡大にともなうロックダウン、同性婚などについて国民投票を実施している。最近では同性婚の法制化に関する国民投票を実施し、賛成が64.1%と半数を超えた。同性婚の法制化は2022年7月1日から可能となる。
3年以内に有権者による署名10万筆を集めればイニシアチブ(国民発議)が成立し、国民投票に進められるという。
関連記事:月30万5000円のベーシックインカム実現なるか 5年前に否決されたスイスで再び動き10月末には、アメリカのイリノイ州シカゴ市議会が低所得者5000人を対象に1年間にわたり、月500ドル(約5万7000円)を支給する「ベーシックインカム(最低所得保障)」の試験導入を可決した。対象者は年収が3万5000ドル(約400万円)以下の人で、無作為に選ぶ。
今回のベーシックインカムの財源は、バイデン政権が新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け、成立させた総額約1.9兆ドル(約200兆円)の「アメリカン・レスキュー・プラン」でシカゴが受け取った約20億ドル(約2兆3000万円)をもとにしている。
米ワシントン・ポストらの報道によると、本ベーシックインカムはシカゴの市会議員50人のほとんどが支持している。一方で、シカゴ市議会黒人議員連盟の議員ら20人は、これらの資金を暴力防止プログラムや賠償プログラムに使うように求めた。また、批評家たちの中からはベーシックインカムが人々の参加意欲を低下させるといった批判もあるという。
関連記事:月6万円を5000人に支給するベーシックインカム導入決定 財源は2兆円超、米シカゴ同じく10月末には、アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルス市のエリック・ガルセッティ市長が、同市の3200以上の世帯に1年間毎月1000ドル(約11万4000円)を無条件で支給するベーシックインカム・プログラムの申請を受け付け開始したと発表した。すでに現地時間11月7日に募集を締め切った。
今回、ロサンゼルスで実施するベーシックインカム・プログラムに応募するには「ロサンゼルス市に居住していること」「18歳以上であること」「扶養している子どもが1人以上いるか、妊娠していること」「所得が連邦貧困レベル以下であること」「新型コロナウイルス感染症の影響で経済的・医療的な困難を経験していること」という条件を満たす必要がある。
ガルセッティ市長が2021〜2022年度の予算で、ロサンゼルスの家族向け地域投資局(CIFD)が運営する2400万ドル(約27億4360万円)のベーシックインカム保証事業を提案した。市議会の複数の議員が追加で投資し、3200世帯以上のために総額3800万ドル(43億4410万円)を財源として当てる。
関連記事:月10万円以上を3200世帯に支給するベーシックインカム 財源は約43億円、米カリフォルニアなお、Ledge.ai編集部では8月、AIが雇用に与える影響やベーシックインカムについての研究で知られる経済学者の井上智洋氏に、ベーシックインカムについて詳細を聞いた記事を掲載した。気になる人は以下の記事をチェックしてほしい。
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