株式会社biima代表取締役CEO田村恵彦氏
総合型キッズスポーツスクールと聞くとスポーツがうまくなるため、運動神経をよくするためのスクールだと考える人もいるだろうが、そうではない。「biima sports」の「biima」とは、「asobi×i(人、IT、idea)×manabi」から作った造語で、子どもたちがスポーツを通して楽しみながら多様性や主体性、創造性を育んでいくことを目的とした、21世紀型の新しい学びの場なのだ。つまりスポーツはあくまでも学びのためのコンテンツであり、それが目的ではない。
「産業構造が2、3年でコロコロ変わる今の世の中では、学力以外の能力、たとえばコミュニケーションスキルや課題解決能力といったいわゆる非認知能力がますます重要になっていきます。なぜかと言うと、多様なこれからの時代は、答えがない、答えが1つではなくなっていくからです。言われた通りにExcelで処理する能力や計算が速いといった能力はすぐにAIでもできるようになる。それよりも、チームで何かに取り組み、失敗しても諦めずに、チームでコミュニケーションをとって別の方法を考えて試してみるといった能力が重要になってくるわけです」(田村氏)
しかも、そうした非認知能力を高めるのに、スポーツは最適なコンテンツなのだそうだ。なぜなら、スポーツはチームメイトと意思疎通(コミュニケーション力)をとったり、試合で負けたらなぜ負けたのかを振り返り、それを改善するための方法を考え(課題解決能力)、再度チャレンジする(挫けず最後までやりきる力)という非認知能力を高めるのに必要な訓練が自然にできるからだ。
田村氏が子どもの能力を高めるコンテンツとしてスポーツを定義した際、特に重要だと考えているキーワードが「総合スポーツ」と「非認知能力」。「総合スポーツ」というのは、1つの特定の競技に絞り込むのではなく、いろいろな競技を体験させるということ。
「今までですと、子どもにスポーツをさせると言うと、とりあえず体操教室やサッカークラブに入れるとか、野球をやらせるといった特定の競技をはじめるのが一般的でした。でも子どものうちはAorBか、たとえば野球かサッカーかを選ぶのではなくて、A&Bつまり野球もサッカーもやらせたほうがいいんです。幼少期にいろんなスポーツを総合的にやった方が、脳科学的にもスキルがつきやすいというメリットがあります。たとえばサッカーなら動作変換能力やボールの操作能力。テニスならリズム力や空間能力というように、能力の幅を広げられる。ヨーロッパの強豪クラブチームでも幼少期にはいろんなスポーツを行うことを推奨しているそうです」(田村氏)
実際に世界で活躍するトップアスリートの中にも子どもの頃は複数のスポーツをしていたという例が見られる。たとえばテニスの錦織圭選手はサッカーや野球、水泳をやっていた。大リーグで活躍中の大谷翔平選手も水泳とバドミントン。日本人で初めてNBAドラフトで1巡目指名された八村塁選手はバスケットボールを始める前は野球をやっていたそうだ。
もうひとつのキーワード「非認知能力」だが、この力を高めるにはいくつかのコツがあると田村氏。
「サッカークラブや少年野球のチーム、部活動などでよく見る光景として、監督やコーチが『ボールはこうやってパスしろ』『バッティングっていうのはこうやるんだ』と、正解を先に言ってしまうケースです。こういう指導方法はチームの勝利には繋がるかもしれませんが、選手ひとりひとりの成長には繋がりにくい。子どもの非認知能力を高めるには、『こうやるんだよ、見ててね』とお手本を見せるのではなく、自分で考えてアウトプットさせて、失敗したらまた考えさせるということが重要です」(田村氏)
たとえば中学校のサッカー部の練習試合で選手がよくないプレーをしたとすると、日本では指導者が「ああいう時はパスをしろ」などと正解を言ってしまう。ところがサッカーの本場ドイツなどでは指導者は「なぜ、ああいうプレーをしたのか?」と質問をし選手自身に考えさせる。すると選手は「こういう展開に持っていきたかったから」と自分の考えを言葉にして説明するので、「でもうまく行かなかったから、どうしたらいいと思う?」とさらに指導者は問い返す。こうすることでコミュニケーション力や課題解決能力が鍛えられるというわけだ。
「子どもがWhyやHowなどのWH疑問文に答えられないような年齢の場合は『こっちの投げ方とこっちの投げ方は、どっちが上手?』というように2択にするか、イエス・ノーで答えられるような聞き方をしてあげればいいんです。とにかく、どう思うのか? なぜそう思うのか? を考えさせて、言葉にさせ、自分で気づいて改善できる力をつけさせることが大事なんです。つまり非認知能力を高めるには教えるのではなくて、導くことが重要になってくるんです」(田村氏)
ここは3歳から10歳までの幼少期の子どもを対象としたスポーツスクールだが、なぜ対象年齢は3歳から10歳なのだろうか?
「よく、親が運動神経が悪いと子どもも同じように運動が得意でないという話を聞きますが、運動神経は遺伝しません。それよりも、子どもの頃に体を動かす機会がどれだけあったか? どれだけ正しい指導を受けたかの方が重要です。そして最近の研究では10歳までの経験によって運動神経が決まると言われています。また、非認知能力も10歳くらいまでの育った環境に大きく影響を受けるんだそうです」(田村氏)
田村氏曰く、運動が得意な親は子どもを熱心に公園などで遊ばせる。一方、体を動かすのが苦手な親は自分が好きではないので、子どもに運動をさせる機会が少ない上に、どうやって体を動かすように導いたらいいのかがわからない。つまり遺伝よりも運動の量や機会、導き方の方が大きく影響するのだそうだ。
先ほど、学校の部活動やスポーツのクラブチームでは、指導者が「正解はこのプレーだ!」という指導方法になりがちだという話をしたが、それは多くの場合目的が「勝つこと」だからだそうだ。
「たとえば半年後に大会があるというような時は、『この方法通りにやってみよう!』という教え方をした方が一人ひとりに考えさせるよりは早いし、実際に勝ちに繋がる可能性が高いです。それは短期スパンの考え方です。でも子どもを育てる上ではぜひ中長期的な考え方をして欲しいですね。現実的に共働きのご家庭も増えていることからわかる通り、今の親は時間になかなか余裕がない方が多いと思うので、子供が何かするたびに『どうして?』『なんで?』とゆっくり聞いている時間はないのかもしれません。僕も娘がふたりいますが、彼女たちの考えを導き出すようなコミュニケーションができているわけではありません。でも10回に1回でもいいので、失敗を許容して子どもに考える時間を作ってあげることが重要です」(田村氏)
たとえば、子どもが自分でジュースの入ったグラスを運びたいと言った場合。「こぼすから、こうやって持ちなさい」と言ってしまったり、やらせてみたもののこぼしてしまったら「だからこぼすって言ったでしょ」と言ったりしてはいないだろうか? その時、ぐっとこらえて、まずは自分でやらせてみる。こぼしたら「仕方ないね。でも、どうやって持てばこぼれなかったと思う?」と問いかける。そうした家庭での教育こそが子どもの非認知能力に大きな影響を与えるのだそうだ。
田村氏が今現在子育てをしてる人たちに伝えたいことがあると言う。それは今の自分の価値観は30年後には全く通用しなくなっているということ。30年前を振り返ってみると、当時こういう勉強が将来役にたつとか、こういう資格を持っていると就職に有利だとか、こういう仕事をした方がいいと思われていたことは、ほぼ通用しなくなってきている。ましてやこれからますます変化の激しくなる時代、30年後どころか10年後には今ある仕事がなくなったり、今重要だと思われている資格やスキルが役に立たなくなっている可能性は十分あるからだ。
「運動会で1位をとったとか、とれなかったとかという評価は相対評価ですよね。他の子と比べて勝ったか負けたか。でも僕たちが重視しているのは絶対評価です。他人と比べるのではなくて、その子がどれだけ伸びたのか? どれだけ成長したのかを見て褒めてあげる。AorBで選んだひとつのレールの上を歩かせるのではなく、A&Bの中から子どもが好きなものを見つけてやらせてあげる。その体験は必ず将来何かの役に立つはずです。そしてもしも子どもが失敗したら、それこそチャンスだと思って、やり直す力をつけてあげること。それにはやっぱり学力よりも非認知能力が大切になっていくんです」(田村氏)
かつては子どもが大学を出て大手企業に就職すれば親は安心したものだ。しかし、多様な働き方が当たり前になった時代、このスキルを持っていれば安心、この仕事に就けば安泰という考えは通用しない。多様化が進み選択肢が増えた分だけ自由ではあるが、そこから選び取る力、社会が変化してもそれについていく力を持った人材が活躍できるのが21世紀なのではないだろうか。そうした人材を育てるためには、まずは親が古い価値観を捨てる必要がありそうだ。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)photo by Yuji Nomura(interview)資料写真提供:biima sports