14 11
家電量販店に異変、正社員の休みが「年5日」増える社も 労働組合の〝30年ぶり秘策〟の裏側

UAゼンセンの西尾多聞副書記長(2021年10月21日撮影)

家電量販店に異変、正社員の休みが「年5日」増える社も 労働組合の〝30年ぶり秘策〟の裏側

およそ30年ぶりに「歴史の扉」が開かれた――。茨城県内の大型家電量販店では2022年4月から、正社員の所定休日が最低111日以上になる。ある社では、休みが一気に5日も増えるという。実現の背景には、企業を超えた労働組合の連携があった。「労働協約の地域的拡張適用」といって、ある企業の「労働協約」を同じ地域の同種の労働者に一律適用する仕組みを利用した。その効力は組合のない企業にも及ぶ。2021年9月22日、田村憲久厚労相(当時)名で決定され、官報に掲載された。「労働協約」とは、組合と使用者とが合意した労働条件の最低基準のこと。つまり、法令を新設・改正しなくても、労働条件の最低基準をつくり、地域の労働環境を良くする方法はあるということだ。ただし、今回で9件目というように実現には高いハードルがある。快挙を成し遂げた産別労組・UAゼンセンは「経営者の理解があって初めて協約に押印してもらえる。産業界をどうしていくか、労使で良い議論をできた結果です」とする。●休日の少ない家電量販店家電量販店は競争が激しく、休日が少ない。UAゼンセン副書記長の西尾多聞さんは次のように話す。「業界は価格競争が激しく、数を売らないといけない。売上を増やすため、休日日数が少なく、労働時間が長いということに組合は問題意識を持っていました」(西尾さん)こうした状況を打破するため、地域的拡張適用の利用を考えたという。拡張適用は、労働組合法18条に定められている。要件は大きく3つ。「①一の地域において従業する②同種の労働者の大部分が③一の労働協約の適用を受けるに至つたとき」(番号は編集部)「②同種の労働者の大部分」の基準は明文化されていないが、過去に認められた事例で、カバー率74%を下回ったことはないという。今回のケースを除くと、過去に26件の申し立てがあり、認められたのは8件だけ。ハードルの高さが見て取れる。ただ、UAゼンセン側には勝算があった。現在10社ある大手家電量販店のうち9社に労働組合があり、すべてUAゼンセンに加盟しているからだ。産業別労働組合の強みといえる。「一番難しいのはカバー率の部分ですが、UAゼンセンは産別。労働協約は通常あまり開示されていませんが、産別だと情報交換して知っています。家電量販店の労働組合は長い時間をかけて連帯感を強めてきたので、やれるのではないかという気持ちがありました」ただ、申し立て自体が30年以上もなく、検討・準備には約5年がかかったという。●珍しい「企業横断的労働協約」今回、拡張適用されるのは、ヤマダ電機(現・ヤマダホールディングス。申し立て後、子会社のヤマダデンキが協約に加わった)、ケーズホールディングス、デンコードーと、3社の組合が2020年4月に結んだ企業の枠を超えた一つの労働協約。北関東から南東北の一部の地域での年間所定休日を111日とするものだ。各社にはそれぞれの労働協約があるが、「③一の労働協約の適用」という要件を満たすため、3社共通の最低基準を切り出し、それぞれの協約を社会化するために詳細な定義付けをおこない、3社・3組合の合計6つの印を押した。企業を横断する労働協約は珍しいといい、締結に当たっては各労働組合が使用者側に働きかけて調整したという。●千葉・福島・栃木県の一部も含めて申し立て今回、拡張適用が認められたのは茨城県全域だが、申し立て段階では、茨城県のほか、千葉・福島・栃木県の一部も含めて「①一の地域」としていた。最終的には、最低賃金などで採用されている県単位という範囲が拡張適用される企業に対して説得性があるとして、茨城県全域のみの適用となった。「北関東はロードサイドの店舗が多く、なるべく広いエリアをとりたかった。最初から県単位にすると、申し立て先は県知事。でも、県をまたぐと厚生労働大臣になる。そちらのほうが問題提起になるとも思っていました」都道府県知事に申し立てた場合、審査するのは各地方労働委員会だが、厚労相に申し立てたときは、中央労働委員会になる。中労委が拡張適用について本格的な実態審査をするのは今回が初めて(唯一審査したケースは申し立て取り下げ終結)。つまり、厚労相名での決定も初となる。「②同種の労働者の大部分」については、「同種の労働者」を大型家電量販店で働くフルタイム正社員と定義。茨城県内には対象が662人おり、うち601人に「③一の労働協約」が適用されていたため、カバー率90.8%で「大部分」と認められた。ちなみに、千葉県などが含まれていた申し立て段階でも、カバー率が8割を超えることを確認して申し立てていたという。●企業の「負担」をどう考えるか?拡張適用により、来春から統一労働協約の対象外だった2社5店舗も年間所定休日が最低111日になる。うち一社は所定休日が5日も増えることになる。この点について、中労委では「あまりに負担が大きい」「競業企業の排除や新規参入排除のための利用が心配される」「付加価値を賃金か休日か何れかに配分するかは企業の自由」といった意見もあったようだ。しかし、最終的にはこのように決議されている。「当該地域においてこの基準に達していない労働者の労働条件を改善するとともに、使用者間の格差を是正し、かつ、協約基準を下回る日数への切下げを防止することとなり、制度の趣旨にかなうものである」(決議文)●企業側にもメリットがあるこの点について、西尾さんは次のように語る。「あまりにも高い水準だったら認められなかったかもしれませんが、111日は社会平均以下。そのくらい業界の休みは少ないんです。一般だと120日あることも珍しくありませんよね。家電量販店では過当競争によって、年間120日だった企業が106日まで減ったことがあります。そういうのをやっと111日まで積み上げて(拡張適用で)ロックした。過当競争ではなく、接客などで競争しようよ、公正競争を目指そうよということです」労働条件が悪化すれば、業界として採用が難しくなるなどの弊害も考えられる。一方でしばりがなければ、ダンピングして抜け駆けする企業が出てくるかもしれない。最低基準を引き上げていかないと労働条件の改善は難しい。●健全な労使関係が前提にUAゼンセンには、大規模家電量販店の9割が加盟していることから、今後エリアを拡大したり、別の地域で拡張適用を申し立てたり、ほかの労働条件を対象にしたりすることも考えられる。「未組織の労働者の労働条件も引き上げられるという点で、社会的な取り組みだと思っています。ただ、使用者の理解を得なければ労働協約は結べない。きちんと意見交換できる健全な労使関係を築いておく必要があります。事業者、消費者、社会にとっても良いツールとして、社会的な理解が広がってほしいです」【参考文献】古川景一「労働協約の地域的拡張適用 家電量販関連三労組の申立てと検討課題」『労委労協』(2021年7月号)

弁護士ドットコムニュース編集部

最終更新:弁護士ドットコムニュース