タクシーやオートリキシャーの運転手が1人1台の車内にスマホを備え、配車やルート検索、料金決済までを全てオンラインで完結する。今やインドで当たり前の光景になっているが、筆者が6年以上前にインドに出張した際にはなかった光景だ。これらはウーバーやオラ(Ola)などのライドシェアサービス、統合決済インターフェース(UPI)などのモバイル電子決済サービスの普及により可能となった。そのほかにも、小売りや飲食、物流、ハウスサービス、教育などさまざまな領域でITサービスによる「デジタル労働」が進んでおり、新型コロナウイルス禍の生活の変化がそれをさらに加速させている。シリーズ2回目では、さまざまな業種に広がるギグワーカーの働き方やギグエコノミーの課題、今後について報告する。
ITプラットフォームを活用して単発の仕事を請け負う労働者はギグ(Gig)ワーカー、これらのサービスにより成り立つ経済はギグエコノミーと呼ばれる。ボストン・コンサルティング・グループのレポートによると、インドには現在800万人の非農業分野のギグジョブがあり、今後3~4年間で2,400万人まで増加、最大9,000万人の雇用を創出するポテンシャルがあるという。また、関連するスタートアップの新規参入や投資も多く、インド商工会議所連合(ASSOCHAM)は、インドのギグエコノミーは年率17%で成長し、2023年には4,550億ドル規模に達すると指摘している。
フードデリバリーのゾマトやスウィッギーは代表的な例だが、宅配では狭い地域の配達に特化したハイパーローカルデリバリーという業態が発達しており、グローファーズ(食品・日用品デリバリー)、ドゥンゾー(二輪車による配達プラットフォーム)、シャドウファックス(BtoB向けのラストワンマイル物流)などのスタートアップによるサービスが普及している。
新型コロナウイルス感染拡大以降は、在宅向けの仕事やオンラインサービスが注目を集めている。2021年4月に約1億9,000万ドルの資金調達を達成し、ユニコーン入りしたアーバンカンパニーは、各種ハウスサービスのワーカーとのマッチングのためのプラットフォームを提供する。ヘアカットやサロン、電気工事・修理や掃除など、さまざまなサービスを在宅で手配できる。料理の得意な人が登録し、食事を販売・マッチングする「ホームシェフ」という業態も登場している。ザ・ヤミーアイデア、ホームフーディといったプラットフォームでは、主婦などの女性が多く個人事業者として登録している(注)。外食代わりに活用されているようだ。
インドの都市部では、地方からの出稼ぎや日雇い労働者が多いこと、また、ギグジョブの多くが世襲的な職業選択に捉われないことなどがギグエコノミー発達の背景にあると考えられる。一方で、実際にワーカーに話を聞くと、それだけでなく、新型コロナの影響も強く見られた。
筆者のヘアカットを担当したアラウディンさん(仮名・デリー在住)は美容師歴15年で、アーバンカンパニーに2~3年前に登録した。コロナ後は店舗での需要が減っており、時流に乗る選択だったと話す。業務に必要な道具一式は会社から支給され、働いた中からローンで返済するという。同社のシステムや働き方には満足していると笑顔を見せた。
マッサージを担当したネハさん(仮名・デリー在住)は、以前は空港のマッサージ店で働いていたが、新型コロナの影響により仕事が減り、その後アーバンカンパニーの登録に切り替えた。過去はインド出張に来たアジア人が空港での主な顧客だったが、英語ができることもあり、今はアプリ経由で在留外国人や高所得者層の予約が埋まり、依頼を断ることも増えてきたという。
スニルさん(仮名・デリー在住)はスウィッギーなど複数企業のデリバリーに対応し、配達時は二輪車ライドシェアサービスYulu(ユールー)の電動バイクを活用する。もともとは外国人駐在員のドライバーなどを勤めていたが、新型コロナの影響で失業。デリバリーの仕事を始めたが、経済的な事情で自分のバイクが差し押さえられ、子供を2人養う必要がある中、途方に暮れたという。その後、新たなサービスを組み合わせて何とか働く術を見出し、日々の収入を稼いでいる。
新型コロナ禍で既存の働き方に制限が発生する中、ギグワークが変化に適応するための選択肢となっている。
ギグエコノミーには、前述のように柔軟な働き方で効率的に収入を得られるメリットがあるが、良い側面ばかりではない。インドでもギグワーカーの労働環境の悪化や低賃金、社会保障や福利厚生の不備が問題視されている。英国FairWork Foundationの調査(7.50MB)によると、ワーカーの労働環境の評価では、アーバンカンパニー(10点満点中8点)やフリップカート(同7点)が高評価を獲得した一方で、オラやビッグバスケット(同各2点)、ウーバーやスウィッギー、ゾマト(同各1点)は非常に低評価となった。実際にインド各地で抗議活動も起きており、2020年にはスウィッギーの配達員がチェンナイやハイデラバード、ノイダなどの都市で集団抗議し、最低配達料の引き上げなどの待遇改善要求やストライキに踏み切った。2020年制定の政府の社会保障法(The Code on Social Security)でも、ギグワーカーの福利厚生に関する項目が盛り込まれている。ギグワーカーによる犯罪も発生しており、ウーバーやオラなどはドライバーの登録時や毎年の犯罪歴の確認、ユーザーへのドライバー情報の共有などの対策を強化している。
こうした問題を認識し、積極的に対応するスタートアップもある。二輪車の修理ワーカーのプラットフォームを提供するHoopy(フーピー)は、ワーカー向けのサポートプログラムを提供。スキルアップのためのトレーニング、サービス品質に関する標準作業要領を守った場合のインセンティブ付与、ワーカーが毎日最低限の収入を確保できる給与体系を開発している。最近では、ワーカーと家族を対象とした新型コロナワクチン接種活動を進めており、これらの取り組みは同社のエンジェル投資家により推進されている。
日系スタートアップによる事例として、OkayGo(オーケーゴー)は、ワーカーがEC・配達業などの仕事を即時探せるプラットフォームを提供する。仕事の需要変動が激しく、十分な収入を得られないといったワーカー側の課題と、安定した人材確保が難しいという事業者側の課題の双方の解決のためのサービスだ。共同創業者の手嶋友長氏によると、EC業界ではギフトシーズンなど、特定の時期に需要が偏る一方、フードデリバリーでは曜日や時間帯による需要の変動が大きい。このためワーカーは1つの仕事で安定した収入の確保が難しくなる。また、収入減を理由に、ワーカーが配達員を1度辞めると再び戻ることは少なく、事業者側も安定した人材確保が難しくなるという。そこで同社は現在、フリップカート、スウィッギーと提携し、配達員が2社のシフトを組み合わせて勤務できる仕組みを構築している。手嶋氏は「ワーカーが収入を増やすだけでなく、特定の仕事に依存せずキャリアアップにつなげることができるようにしたい」と話す。
こうしたギグワーカーに配慮する動きは、複数のスタートアップや投資家の間で広がっている。市場参入や事業開発に当たっては、収益を上げるだけでなく、ワーカーの労働環境や収入、スキル向上の面にも留意した、持続可能なビジネスモデルの構築が不可欠と言える(2021年8月6日付地域・分析レポート参照)。