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「親ガチャ」は努力したくない若者の言い訳か? 親に人生を左右される若者のリアル

 「親ガチャ」という言葉をご存知だろうか? 若者たちがネット上のスラングとして使い始めた言葉だ。「ガチャ」とは若者にとって身近なソーシャルゲームの用語のことであり、一定額の課金によってランダムでアイテムなどを手に入れることができるシステムを指す。「ガチャ」は運次第である。

 「親ガチャ」とはつまり、どのような親のもとに生まれてくるかによって人生が決まってしまうという意味で使用されている。

 ネット上の言葉が話題となったのは、地上波の情報番組「スッキリ」(日本テレビ系)の9月16日での放送がきっかけだ。トップニュースで取り上げられたことで反響を呼び、親ガチャをめぐる議論が活性化した。

 その後、「親ガチャという言葉で自分の境遇を親のせいにするのはよくない」といった自己責任論的な議論や、「経済的格差や虐待などの問題が背景にある」という社会的背景に言及する議論などが寄せられている。

 私は、この問題は単純に「不謹慎」や「冗談」では片づけることはできないと思う。若者たちの人生が、「親」の存在におおきく左右してされてしまうということが、以前にもまして「リアリティー」をもっているからだ。

 筆者が代表を務めるNPO法人POSSEでは若い世代からも多くの相談が寄せられている。相談事例をもとに、親によって人生を狂わされてしまった若者たちの現実を紹介しながら、親ガチャという言葉が生まれてくる背景を考えていきたい。

「親ガチャ」に対する反響

 「親ガチャ」という言葉の広がりに対しては、もっとも一般的な反応は次のようなものだ。

 「すべてを親のせいにせいて努力をしない」若者の戯言だという意見である。自分の不幸を周りの環境や社会のせいにして、努力することを諦めているというわけだ。こうした見方には、努力すればなんとかなる、だから努力することを諦めるな、というメッセージが込められている。しかし、本当に努力すればなんとかなるのだろうか? 

 現実は逆である。若者の多くは、むしろ親のもとで無理なほどの努力を強いられている。そして、その努力ではどうにもならない現実に直面し、人生の可能性を大きく制限されている。親ガチャという言葉には、こうした若者の実感が反映させられている。

(※以下の事例は個人が特定されないよう情報を一部加工している)

親の虐待でうつ病になってしまったAさん

 首都圏で単身生活を送るAさん(20代男性)は、うつ病の影響で気分が沈んでしまい、仕事を長く続けることができず、困窮生活を強いられていた。

 うつ病の原因は、親の虐待だ。Aさんは幼少の頃、親から身体的虐待を受けて育った。小学校に入学する前から児童養護施設に移ることになり、小学生の頃にはすでにうつ病の診断が下されていたという。

 Aさんは高校進学を希望したが、親が教育費を出すことを拒否したため、進学することができなかった。そのため、自立援助ホームに入所しアルバイトでお金を貯め、アパートを借りて単身生活を始めた。

 しかし、うつ病の影響で思うように仕事を継続することができない。親にも頼れず、生活費のために消費者金融に頼らざるをえない状況に追い込まれていった。家賃も滞納しており、住む場所すら失おうしているところでPOSSEに相談を寄せ、生活保護を利用して生活を立て直すことができた。

学費を稼ぐために夜の仕事でうつ病に

 Bさん(20代、女性)は、幼少期から父親が母親に対して暴力をふるいつづける環境のなかで育ってきた。大学に進学したのち、これまでは母親に向けられていた父親の暴力が、Bさんに対しても向けられるようになった。

 きっかけは、Bさんが母親への暴力を批難したことだった。父親は「お前の生活費を出している俺だ、お前は俺のものだ」と虐待がはじまった。

 父親は大学に進学することは認めてくれたものの、学費や生活費などの経済的援助は一切してくれなかった。そのため、Bさんは大学生活をつづけていくためにやむなく「夜の仕事」を選んだ。

 しかし実家での虐待と夜の仕事のストレスで、ある日突然身体が思うように動かなくなってしまった。うつ病と摂食障害と診断されたのである。その後、仕事を辞め学費を捻出できなくなり、大学中退を余儀なくされた。

 治療に専念し自立したいと思っているが、収入がないため実家を出ることができない。そのためうつ病はさらに悪化し、家族のなかに未来の可能性を閉じ込められてしまった。

 その後、Bさんは「実家を出て自立したい」とPOSSEに相談をした。支援の結果、Bさんは生活保護を活用して実家を出ることができた。

親の教育費負担の重さが、子供進路を左右

 具体的な事例をみてきたが、親によって人生を左右されてしまう背景には第一に、親の教育費負担の重さがある。

 大学まで子どもを進学させた場合、教育費負担は非常に重くなる。幼稚園から大学まですべて公立に通わせた場合で約1000万円。すべて私立に通わせた場合では約2000万円の費用負担を求められる。諸外国に比べても、日本は教育費の家庭負担が非常に重い。

 こうした費用負担の重さが、親子関係に深刻な影を落としている。教育費の負担が「公的負担」ではなく、「親負担」であるからだ。そのため、親世帯の収入が少ない家庭では、なかなか自立しようとしない子どもを「不良債権」とみなす傾向が強まる。

 実際に、「家計に貢献しないなら出ていけ」と中高生が親から「自立」を迫られてしまう事例も珍しくはない。親世帯に余裕がなく、教育投資ができないなら、早々に自立させることで「不良債権化」を防止し、教育費負担をできるだけかけないようにしようという圧力が強まるのだ。

「親ガチャ」は努力したくない若者の言い訳か? 親に人生を左右される若者のリアル

 もちろん、大学進学の場合、奨学金やアルバイトによって何とか費用を稼ぐことも可能だが、単位取得とアルバイトの両立は心身への負担も大きい。とくに女性の場合は「効率よく稼ごう」と「夜の仕事」へと吸収されていく構図があるが、Bさんのようにそこで精神疾患を発症してしまったという相談事例は多い。

高・中所得世帯でも、「毒親」の温床に

 さらも、このような傾向は、貧困家庭の問題だけではない。ある程度裕福な家庭でも、高い教育費は、子どもを投資の対象としてみなす傾向を強める。つまり、教育費を投資することによって将来のリターンを期待する関係がつくられるのだ。

 これを背景に起こってくるのが「教育虐待」と言われる問題だ。「あなたの将来のためだから」という理由で、人生の早い段階から受験競争へと巻き込まれていくことが典型だ。

 良い成績をとらなければ親から人格を否定される。親に認められるためにとにかく良い成績をとるように努力をしていく…このプロセスのなかで親の支配が強まっていくことになる。

 また、親側の「苦労」が子供への支配を強めている側面も見逃すことができない。年収が600万円の世帯でも、子供が大学に進学すれば生計費が生活保護基準以下になってしまう。アルバイトなどをするにしても、子供が大学にいくことは、親にとって大きな負担であることは間違いない。

参考:年収600万円家族、子の大学進学で「隠れた貧困」に?コロナ禍で深まる苦境【#令和サバイブ】

 こうした親側の「自負心」から、親の希望する学歴、職業から、結婚観まで押し付けるといったことが生じる。その結果が、次のような発言となって現れてしまう。

「これだけあなたに投資してきたのだから、親の言うことを聞くのは当たり前」。

「なんであなたは親がしてあげた分にこたえようとしないの?」

「あなたにつくしてきた私(親)は本当に不幸。私が不幸なのはすべてあなたのせい」。

 テレビドラマに出てきそうな発言であるが、このようなことを子供に投げかける親は実在する。「毒親」の身勝手によって精神疾患を患い、貧困相談に訪れる方は非常に多いのが現実だ。

 教育費負担の重さが、親から子への経済的な支配関係を強め、貧困家庭では(しばしば虐待を伴いながら)自立圧力として、中流家庭や裕福な家庭では教育虐待や価値観の押し付けとして現れてくる。そのなかで精神疾患を発症し、人生の選択肢や、「自立して生きていく可能性」さえも奪われてしまうのである。

自立を阻む住宅問題

 若者が親に人生を左右されてしまう背景にあるのは教育費負担の高さだけではない。実家から出るためのハードルが極めて高いことも問題だ。

 第一に、住宅を借りる際の費用負担の問題がある。敷金・礼金に加え、家具や家電など一人暮らしを始めるための初期費用の平均は50万円程度と言われている。これだけの費用負担を若者が負うことは難しい。さらに安定した就労収入がなければ、家賃を支払い続けることができず、やはり実家から出ることは困難だ。

 第二に、賃貸住宅を借りる際の連帯保証人の問題だ。多くの場合、連帯保証人には親がなることが求められる。しかし、虐待などで家族関係が悪化している場合には、親を連帯保証人として立てられないケースがほとんどだ。

 日本では貧困層でも住宅は市場で購入する商品であり、お金がなければ、そして支払いを保証する「親」がいなければ、借りることは困難になっている。主にこうした理由から、若者の多くが自らの意志で実家から出ていくことを困難にさせている。

 しかしこうした状況は当たり前ではない。国際比較をすると、日本の特殊な状況がはっきりしてくる。ヨーロッパの福祉国家では若者の自立を支えるために、若者が入居できる公営住宅や家賃補助などの制度が整備されている。住宅は社会保障として位置づけられているのだ。

 2008年のデータではあるが、日本の公的借家(社会住宅)の割合は、イギリスやフランスに比べると非常に少ない。社会保障支出に対する住宅比の割合も、イギリスの15分の1程度の0.1%しかない。イギリス、フランスでは公的な住宅手当を受給している世帯は20%前後を占めているが、日本では約2%となっている。

 貧困層が住居を「自立」できないことは、ドメスティックバイオレンス(DV)の温床ともなるが、親子関係のDVも住居保障が弱いことで悪化してしまう。こうした脆弱な住宅保障も、「親ガチャ」という言葉のリアリティーを増幅しているだろう。

「若者目線」の政策・政治を

 以上のように、「親ガチャ」という言葉が広がる背景には、教育や住宅をはじめとする社会保障の脆弱さがある。つまり、若者の多くが経済的に親に依存せざるをえず、どのような親のもとに生まれてくるかによって人生が簡単に左右されてしまうという社会構造が反映されていると考えられる。

 だから必要なことは、上から目線で「若者の努力」を求めることではない。むしろ若者が親の意志に左右されずに、自らの意志で人生を選んでいくことができるよう、多様な選択肢を社会によって保障していく必要がある。

 教育費が無償だったらなら、給付型の奨学金が充実していたら、住宅費負担がもっと軽く親の意向とは無関係に住宅を借りることができたら、親に左右されずに、もっと人生を充実させていく可能性が生まれてくるだろう。

 最近では、子供手当や親世帯へのコロナ定額給付金などが注目を集めるようになってきてはいるが、「若者世代の現実」に目を向けた政策論議はもっとあってよいように思う。

 例えば、住居問題にしても、以前とは明らかに状況が変わっている。以前から日本の住居政策は貧弱だったが、昔の若者は収入が低くとも、卒業と同時に社員寮に入社することができた。国の住居政策を企業が肩代わりしていたのだ。ところが、近年は非正規雇用が増えたばかりでなく、正社員向けの社員寮も減少している。低所得の若者が親から自立することは非常に困難になっている。昔の感覚で「若者の住居」を考えることはできないはずだ。

 学費の無償化や住宅政策の充実は、欧州諸国ではある程度実現している。日本でも声をあげていくことで、生きやすくしていくための社会保障制度を実現していく可能性は十分にある。

 選挙も近い。「親ガチャ」、「人生は無理ゲー」。どんな言葉でも、若者の間で流行する言葉には「背景」がある。政治は、こうした若者の声を「努力しろ」と一蹴するのではなく、真摯に受け止め、政策に反映すべきだろう。

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