デジタルグリッド 豊田社長 |
東大発ベンチャーの「デジタルグリッド」(東京・千代田区)は、電力と環境価値をネット上で株式のように自由に売買できるプラットフォームのサービスを2月から試験的に始める。ネットの画面上で、売り手と買い手がそれぞれ希望の量や価格を入札し合い、折り合いのついた価格・量で個別に取引する仕組み。独自の仕組みやIoT技術で自由さと簡便さを追求したこのプラットフォームは、既存の制度の陰に埋もれていた再エネ電源や環境価値の掘り起こしにつながり、脱炭素社会推進への後押しになるだろうか。(いからしひろき)
東日本大震災をきっかけに、日本では分散型電源が急速に増えた。特に太陽光発電市場は、余剰電力を一定価格で長期間買い取る「固定価格買取制度(FIT)」によって、バブルといえるほどに拡大。しかし、それらを生かしきれていないという現実が目の前に立ちはだかる。 例えば、太陽光発電が普及する九州では、供給過剰になると送配電網に負担がかかり停電を起こしかねないため、電力需要が落ち込む週末を中心に太陽光発電の出力を抑制させられる事態が頻繁に起きている。それでは、せっかく魚がたくさんとれたのに漁協が買ってくれないから猫のエサにしたり、捨てたりしているようなもの。はっきり言って“もったいない”。 そこで今注目されているのが、ブロックチェーン技術を使った「P2P」(Peer to Peer)による電力取引だ。P2Pとは元々通信方式の一つで、中央のサーバーを通さずに個々の端末が互いにやり取りし合う仕組みのこと。そこに、仮想通貨などで主に使われ、情報の管理や運用に適したブロックチェーンを組み合わせることで、例えばAさんが「つくった」電力と、Bさんが「使った」電力を紐付けることができる。 もちろん実際の電気は他の電気と混ざり合い、そこから選び出して使うことなどできないが、お金の流れ的には“Aさんの電気をBさんが買った”ことになる。インターネットと流通技術のおかげで直接漁師から買った魚が家庭に届く“産直”の仕組みはすでに当たり前だが、それと同じような感覚で使える仕組みが、電力の世界でも現実になりつつあるのだ。 そうしたブロックチェーンによる電力のP2P取引といえば、新電力会社「みんな電力」が有名だ。“顔の見える電力”をコンセプトに、ブロックチェーンを活用して電力のトレーサビリティーを行っている。具体的には、電力を必要としている企業等とみんな電力が契約する再エネの発電所の需給をマッチングさせる。支払った電気代がちゃんと指定の発電所に支払われたことが証明されるので、“再エネだけで電気を賄いたい”という需要家に向いている。いわば、“デザインや素材にこだわる服だけ着たい”というファッション意識が高めな人向けの「セレクトショップ」のようなものか。 一方で、フリーマーケット、いわゆる「フリマ」のように、誰でも自由に電力を売買できる「場」を提供しようというのが「デジタルグリッド」だ。ただし、場所さえあれば誰でも自由に服や小物を売買できる一般的なフリマと違い、電力の場合、特に売る側は電気事業法に基づく小売事業者の資格が必要となる。つまりプロしか入れない「卸」の世界だ。しかも、取引結果を24時間30分単位、1日48コマ、1年間で1万7000コマをすべて記録して報告しなければならないという。そんなこと、小規模な発電所、あるいは太陽光パネルを屋根に取り付けている一般家庭の発電家にできるわけがない。 「そこで私たちが考えた『デジタルグリッド・プラットフォーム』というサービスでは、“サービスプロバイダー制度”というものを採用しています。これは、わが社が小売事業者の資格を取り、お客様はその事業パートナーになることで、自由に電力を売買できるという仕組みです。必要量や価格を入札すれば、後は自動的にマッチング。面倒な取引報告も自動で行いますので、面倒な手間がかかりません。これは資源エネルギー庁と2年ほどかけて考えたスキームです」
取引画面について説明する豊田社長 |
こう言うのは、代表取締役社長の豊田祐介氏だ。豊田氏は、電力ネットワークの第一人者で東大特任教授を務めた阿部力也氏の研究室出身。ゴールドマン・サックス証券を経て、2018年よりデジタルグリッドに参画。2019年7月に同社代表取締役社長に就任した。 「阿部と出会ったのは私が大学3年生の時。研究室訪問に行ったら、いきなり『豊田くん、電力の世界はインターネットみたいになるんだよ』と言われて……その時は正直何を言っているのかよくわからなかったんですが、なんとなく面白そうだなと。電力をパッケージ化してピアとピアで売買できたりしたら面白いんじゃないかと思い、その技術論や方法論を4年間研究しました」 ただし当時は豊田氏も言うように、周りも“何を言っているのかわからない”という人がほとんど。学会などで発表しても「自由に電気が売れて何が嬉しいんだ? 混ざったら同じだろう」という反応だったという。 潮目が変わったのは2011年の東日本大震災だった。電力不足が叫ばれる中で急増した太陽光発電同士をピア・ツー・ピアで結びつけることに現実味が増した。そして“再生可能エネルギーを欲しい”というSDGs、あるいはRE100への関心といった風潮も追い風に。「やりたいことに、ようやく時代の潮流が追いついてきた感じ」と豊田社長は言う。 「狙いはずばり“再エネを増やしたい”ということ。一般の発電家は、電気を作ったものの、どうやって売ったらいいか分からい人がほとんどです。だから大手電力会社に安く買い叩かれたりしてきたのですが、自分で自由に売ることができれば生計が立てやすくなり、建設費用なども借りやすくなります。再エネを作る人たちに安心感を与えたいのです」 売り手として想定されるのは、地方自治体が持っているごみ処理発電所や、家庭用・産業用の太陽光発電所など。売買は1年単位なので、長期的かつ安定的な収入が見込めるという。確かにそれなら、運用の見通しも立てやすくなり、“また発電所を作ろう”となるかもしれない。特に太陽光発電所はFIT終了が見込まれる中、補助金に頼らない“脱FIT”の足がかりになりそうだ。
電力取引の概要図 デジタルグリッド提供 |
実は豊田社長、前職時代に、投機目的で数多くのメガソーラー施設を“乱立‘”させてきた負い目があるという。だからこそ、発電事業者の力になりたいという気持ちが人一倍強いのだ。 「2032年以降、買取期間が終了する“卒FIT”を迎える事業用発電所が続々と出てきます。その時、(それら発電所をバックアップするためにも)私たちが最前線にいたいという思いがあります」 このサービス、電力を買う側にもメリットが多い。RE100への取組みや取引先との関係で再エネ使用比率を高めたい、あるいは単に電気代を安くしたいという企業にとって、国内ではまだ通常の電気の3割増(同社算出による水力発電の場合)になることもある再エネのコストはネックだし、かといってJEPXなどの電力卸売市場は価格が変動するリスクがある。しかし、このプラットフォームを利用すれば、特別な資格や専門知識抜きに、必要な量を、納得いく価格で安定的に買うことができる。1年間という長期契約になるが、AIが需要量をはじき出すのでロスは少ないという。最終的な帳尻合わせも自動でやってくれるから安心だ。 そして、同社のプラットフォームでは、電力だけでなく、「環境価値」の取引もできる。環境価値とは、電気の価値とは別に電力が持っている“二酸化炭素を排出しない価値”のことで、「グリーン電力証書」「J-クレジット」「非化石証書」などの形で売買されている。再エネ比率を上げたい企業にとっては、実際に再エネを買う以外に、こうした証書を買う方法も一般的だ。しかし── 「量が全然足りないんです。日本の企業が必要としているのは年間8000億kwhや9000億kwhと言われているのに、10億kwh分しか出回っていません。なぜかというと、証書の認証に時間と手間がかかり過ぎるから。一々発電家にアンケートを送って、太陽光の発電メーターの数値を教えてもらい、実際それが正しいかどうか確認しに行って……なんてことをこのご時世にやっているんです。だったらそれをデジタル化して量を増やそうということです」 こちらの仕組みは、独自に開発したIoTデバイスを太陽光発電設備に設置し、そこで消費されたクリーンな電力の量を計測。ブロックチェーンに記録したその環境価値は国が運営する「J-クレジット」の認証を受けることができる。
環境価値取引の概要図 デジタルグリッド社提供 |
「つまり私達は、“生”の再エネの掘り起こしと、電力証書のデジタル化、この2つをソリューションしたいのです」 試験的なサービス開始は今年2月ごろ。当初は日立や東京ガスなど同社の株主を中心として行われる。4月からの本格サービス開始時には、新規参入企業も参加予定だ。 将来的には、ソフト面だけでなくハード面、具体的には「非同期連係」という技術を使い、「送電線からの電気の出入りが遮断されても、地域の中で太陽光や蓄電池の電気を融通し合えるような災害に強いコミュニティを作りたい」と豊田社長の野望は膨らむ。 だが、まずは本人いわく「メルカリのよう」に、誰もが自由に電力を売買できる仕組みを定着させることが肝心だろう。国民一人一人がプレーヤーとなり、脱炭素社会実現という難ミッションに“ワンチーム”で挑めば、国際社会の中で周回遅れとも言われる日本が挽回できるチャンスとなるかもしれない。