23 11
コロナ禍で示された「実店舗での顧客体験の重要性」。Lowe's

2021年のNRF(全米小売業協会主催のリテール展示会「NRF Retail's Big Show」)では、コロナ禍により余儀なくされた迅速な対応、そこで何とか成果を出した米リテール企業の事例が多かった。NRF全体で焦点になっていたのは、ここ数年で小売り事業者が何をやってきたか、今何をするべきなのか――。NRFのセッションから、印象に残ったホームセンターチェーン「Lowe's(ロウズ)」、コストコの取り組みを紹介する。

コロナ禍で見えてきた“正しいDX”の形

印象深かったのはホームセンターチェーン「Lowe's(ロウズ)」のMarvin Ellison(マーヴィン・エリソン)代表取締役社長が、「The power of vision to reshape retail and the consumer experience(小売業と消費者体験を再構築するビジョンの力)」をテーマに語った内容だ。ロウズの2020年第3四半期(8-10月)の既存店売上高は、前年同期比で30%増だった。

コロナ禍の「STAY HOME」で、ホームセンターの多くで業績は好調だったことを踏まえるとそこまで驚くべき数字ではない。だが、ロウズは群を抜いている。第2四半期(5-7月期)の既存店売上高は前年同期比34.2%増という大幅増収。参考までに、最大手である「Home Depot(ホーム・デポ)」の2020年第2四半期(5-7月)の売上高は、前年同期比23.4%増加だった。

ロウズはなぜ最大手を抑えて高い増収率を達成したのか? そもそもロウズは、ホーム・デポに比べるとかなりデジタル化に遅れており、10年以上前から使用しているPOSや基幹システムの改修(クラウド化)が、何とか2019年に間に合ったような企業だ。その点では多くの小売り業と変わらないが、ロウズは2019年のシステム改修が間に合わなければコロナ禍で求められた“変革”に対応できず、パニックを引き起こしていただろう。

筆者は日頃、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進をサポートする立場として、①企業利益②顧客体験(経験価値)③従業員体験(経験価値)――のバランスが重要だと感じている。エリソンCEOが語った内容は、「DX推進の好例」といえる興味深い内容だった。

最も効果的なテクノロジーは、「気づかれないくらい」簡単なもの

ロウズのデジタル化の内容は、顧客が必要な商品を見つけるのに役立つ店舗ナビゲーションや、オンライン注文&店舗引き取り(BOPIS、Buy Online, Pick Up In Store)、カーブサイドピップアップ(車中受け取り)、使い勝手の良いロッカーピックアップ、そして24時間チャット対応のカスタマーセンターなど、特別新しいものではない。しかし、「それらが全て直感的にできる」ことに重きを置いている。

エリソンCEOが次のように語っている通り、どのサービスにおいても、UI(ユーザインタフェース)へのこだわりが強く感じられる。

また、スタッフへのスマートフォン支給によって、従来は「作業:60%、サービス:40%」に費やされていた時間が「作業:48%、サービス:52%」と、顧客へ向き合う時間に費やせるようになったことも売り上げに影響を与えた要因という。

DX=ECシフトではない。DXとは、企業利益をしっかりと得た上で、顧客経験価値(CX)を高め、LTV(生涯顧客価値)を向上し、スイッチングコスト(競合へ流出する際にかかる経済的+心理的コスト)を上げることである。

そして、従業員経験価値(EX)により、自社に対する誇りや帰属意識を高めるとともに、顧客体験の提供価値を上げる仕組み化にデジタルを活用することである。これらをつなぎ止めるために、企業の存在意義を表す「パーパス(目的)」がDX推進においては重要となる。

顧客満足度/NPSで1位の「コストコ」

参加したセッションのなかで最も興味深かったのが、ニューヨークに拠点を構える分析会社Verint System社のエリック・ヘッド(Eric Head)副社長による「How retailers win on CX now(今、小売り事業者が顧客体験で勝つには)」だ。

ヘッド氏は、2020年の小売りTOP25社に関する独自調査結果を発表。顧客満足度/NPSで1位になったのはコストコ。2位はApple、3位はAmazon、Walmartは13位だったと明かした。

コストコは、2020年度(2020年8月期)の売上高は前年9.2%増、オンライン売上高は49.5%増と数字面でも好調だ。コロナ禍で既存会員によるLTVの向上が大きかったという。一方、新規会員獲得による年会費の伸びはわずかだった。

ご存じの方は多いと思うが、コストコは年会費60ドル(約6,350円)、もしくは120ドル(約1万2,700円)を支払って利用する会員制の大型スーパーマーケット。郊外を中心に展開する巨大な倉庫型店舗で、安価な商品を販売している。日本の年会費は4,400円、もしくは9,000円。プライベートブランドの「KIRKLAND signature(カークランド・シグネチャー)」も品質の高さとリーズナブルな価格で人気がある。

コロナ禍で示された「実店舗での顧客体験の重要性」。Lowe's

コストコは利益の多くを商品販売からではなく、年会費であげているのが特徴だ。広告費をほとんど使わずに、収益を商品調達や従業員の給料を上げることに使うと宣言している。

コストコはロウズと同様、アプリに電子会員証機能とECやオムニチャネル決済機能を搭載。サービス面では、BOPISやカーブサイドピックアップ、配送オプションも各種扱いデジタル連携に余念がない。だが、「デジタルエクスペリエンス」に関する顧客満足度の調査では5位だった。

他社の投資状況や機能を踏まえると5位という順位は納得できる部分もあるが、顧客に「デジタルエクスペリエンス」と感じさせない秀逸な顧客体験の設計が結果に影響しているのかもしれない。ちなみに、コストコは価格やフルフィルメントでも2位だったが、サービスでは1位の評価を得ている。

コロナ禍で大きな役割を果たす実店舗

TOP25社の顧客行動を「RESEARCH(購入前調査)」「PURCHASE(購入場所/決済)」「FULFILLMENT(物流/受け渡し)」の観点からも解説していた。

ここから見えてきたものは、新型コロナの影響を受けた2020年であっても、依然として実店舗の役割は大きいということだ。

「購入前のリサーチ」に関しては、デジタル活用が43%であるのに対し、実店舗が46%。「購入場所」については実店舗が52%と半数を突破。40%だったECの内訳を見てみると、宅配は47%、カーブサイドピックアップが23%、BOPISが20%となっている。

つまり、カーブサイドピックアップやBOPISといった店舗まで取りに来る行動も合わせると、約70%が購買行動において店舗を活用していることになる。

コストコの話に戻すと、利用者の多くは郊外に住み、「STAY HOME」に気をつけながらも、車で通勤・通学(送り迎え)をしている家庭と想定される。普段から車で外出する機会の多い人々は、時間指定ができても家にいる必要がある宅配よりも、安全かつ手間なく、外出ついでに受け取れるカーブサイドピックアップのニーズが高いのは納得できる。

さらに、コストコ会員はガソリン代金が割安になるなど、生活習慣のなかに無駄なく、そして無理なく寄り添っている。オムニチャネルが特別な体験ではなく、当たり前の日常として活用されていると認識させられる。

まずは、顧客行動におけるRESEARCH(購入前調査)、PURCHASE(購入場所・決済)、FULFILLMENT(物流・受け渡し)のなかで、デジタルが行うべき役割を定義。顧客がそれらを無理なく繰り返し活用できるよう、DXによって仕組み化されていくことが望ましいだろう。

日本でも郊外を中心にカーブサイドピックアップが普及?

ウォルマートが2020年9月から始めた有料会員サービス「Walmart+」。年間98ドル(月額12.95ドル)で、即日宅配サービス(一部商品、店舗を除く)やガソリン割引(1ガロン=約3.8リットルあたり最大5セント)、セルフレジチェックアウトの「スキャン&ゴー」が利用できる。

「Walmart+」は、スマホアプリを軸としたデジタル会員との「つながり」を創出することで、RESEARCH(購入前調査)、PURCHASE(購入場所・決済)、FULFILLMENT(物流/受け渡し)を最適化。リカーリングの仕組み(CRM)をポイントなどの特典だけでなく、体験の差別化によって進化させている。「Walmart+」は企業間競争で不可欠な要素となっていくと思われる。

日本におけるカーブサイドピックアップは、まだ実施店舗も利用者も少ないのが現状だ。しかし、日本でも車による通勤者が多い今郊外を中心に、「帰宅途中に荷物を引き取れる」といった利便性が浸透すれば、今後サービスが広がってくる可能性がある。また、少子高齢化が進む日本では、郊外、地方のデジタル化こそが経済を強くすると思うと、これからが楽しみである。

新型コロナと向き合い顧客の変化を読み取る

新型コロナがに収束したとしても、消費者の行動は“以前通り”には戻らないほどに購買体験は進化するだろう。

ドイツに本社を構えるソフトウェア会社「SAP」のセッション「Create a new retail world through experiences your customers value produced by SAP(顧客体験価値を通して新しい小売りの世界を創造する。Produced by SAP)」に登壇したメラニー・ノローニャ氏(エコノミストインテリジェンスユニット シニアエディター)は、コロナ禍による制限が緩和されても、新しいオンラインショッピング行動は続く可能性が高いとの調査結果を紹介した。

ある程度は実店舗に戻るものの、約60%はオンラインショッピングの習慣を維持。若い世代に限らず、ベビーブーマー(一般的に1946年~1964年生まれ)でも同様で、約55%がオンラインショッピングを続けると言う。

ノローニャ氏によると、2020年のコロナ禍でオンラインショッピングに最も移行したのはベビーブーマーで、オンライン比率が25%から37%へと12ポイント移行。全体のオンライン支出のシェアは39%から47%と8ポイント増えたので、ベビーブーマーのオンライン利用が急激に進んだことがわかる。

コロナ禍によって従来の習慣から移行を余儀なくされた人々は、デジタルにシフト。結果的により快適で安全なショッピング体験にたどり着いた。今後も積極的に、デジタルを活用したショッピング体験をしていくことだろう。

また、購買プロセスにも変化が起きている。2021年のCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)で語られた話(※)だが、コロナ禍による「STAY HOME」の影響で、家電の売れ行きが好調、その購買決定権の多くを女性が持っているとの調査結果を発表した。

(※)消費者や小売店のパネル調査を行うNPD GroupのKaryn Schoenbart (カリン・シェーンバート)CEOが登壇したセッション「When CSR Aligns with Consumer Values(CSRと消費者の価値観が一致するとき)」より

シェーンバートCEOは、テクノロジー製品の導入に対して積極的な女性をターゲットとした場合、企業側にどのような変化が求められるかを紹介。「より簡単で直感的なUIが好まれる」ことはもちろん、84%が「より企業やブランドに対して社会的責任を求める」と言う。購買決定権や選定プロセスの変化は、これからのマーケティング活動にも大きく影響することだろう。

◇ ◇ ◇

NRFやCESで総じて伝えられていたことは、新型コロナによってデジタル化もサスティナビリティも急速に進んだ。だがそれは、決して“ビフォアコロナ”には戻らないということだ。この逆境を乗り越え進化した企業のみが、「より良い日常=Better Normal」の時代に必要な企業となっていくと考えられる。